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背負うものと背負わされるものと・・・

(6/9に書きかけていて完成していない文章があったのだけど、今日、JR福知山線の運転が再開されたこともあるし、あらためて)

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今日は、この2月に無事に出産して、また一回り大きくなった元同僚の女性(with selected members from 会社の同僚の西宮市民の会)と「(旦那のいる)東京に帰る前に、ちょっと聞いてくださいよ~」とサカノウエ愚痴大会の飲み会。
西宮市民の会でいつも使っていた焼き鳥屋「鳥居」@甲東園は、なんだか久しぶりで懐かしくて、過去の話と「それにひきかえ今はねえ~」という話で盛り上がる。プラス「今だから言えるけど」という話と。。。

タイトルは、そんな流れとは関係なく出てきた話から。
例のJR福知山線の事故で、上海に住んでいる某共通の知人が、今年大学生になったばかりの娘さんを亡くしたという話になり、
「亡くなった娘さんは、実は大学に進学するときに、日本の大学ではなくて、せっかくの機会なので上海に留学したいと思っていた。けれど、下の妹が(上海には中学校レベルだとまともな日本人学校がないこともあって)日本を離れたくなくて、この家族は、父親が単身赴任するという選択肢を選んだ。その結果、母親を含めて3人は日本に残って、今回の事故に巻き込まれた。」
ということをきいた。。。
その妹の無念たるや如何ばかりか、と思う一方で、ふと思い出したのは自分の兄弟のこと。自分自身は全く知らないし、実感もないのだけれど、うちの両親は私が生まれる1年前に、男の子(私にとって兄)を、生まれながらの心臓病で生後3日で亡くしている経験を持つ。きっと彼がそんな運命を辿らなければ、自分はこの世に存在すらしていなかったのだろうし、だからこそ、「死」から目を背けることなく、それを背負って生きていかなくちゃいけないんだと、改めて感じる。
自分に実感がない以上、「彼の分まで生きよう」「生きなきゃ」などというつもりはないけれど(あると言えるとしたら、それは欺瞞だ)、自らの意思で「背負うもの」がある一方で、自らの意思と関係なく「背負わされるもの」も、自分を形作っていることは、やっぱり忘れちゃいかんな、と改めて思う。言葉にしている時点で、それは「甘い!」のかもしれないけれど。


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    出張で新幹線に乗りこむたびに、おもちゃ箱をひっくり返したかの如く新しいアイデアが生まれるような人になりたい。
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